アメの巻 第001帖

アメの巻 第01帖

天の日津久の大神(あめの一二の  )のお神示(ふで)であるぞ、特にお許しもろて書きしらすぞ。十二の巻 説いて知らすのであるぞ、此の巻アメの巻と申せよ、此の度は昔から無かりた事致すのであるから人民には判らん事であるから素直に致すが一等ざぞ、惟神(かんながら)の道とか神道とか日本の道とか今の臣民申してゐるが、それが一等の間違ひざぞと申してあろが、惟神(かんながら)とは神人共に融け合った姿ざぞ。今の臣民 神無くして居るではないか、それで惟神も神道もないぞ、心大きく、深く、広く持ちて下されよ、愈々となるまでは落しておくから見当とれんから、よくこの神示読んでおいて下されよ。世界ぢゅうに面目ない事ないよにせよと申してあろが。足元から鳥立ちてまだ目覚めんのか、神示(ふで)裏の裏までよく読めと申してあろがな。此の道は只の神信心とは根本から違ふと申してあろが、三千世界の大道ざぞ。所の洗濯と身魂の洗濯と一度になる所あるぞ、「イスラ」の十二の流れの源泉(みなもと)判る時来たぞ。命がけで御用つとめてゐると思ふて邪魔ばかり致しておろがな、金や学や智では大峠越せんぞ。神はせよと申すことするなと申すこともあるのぞ、裏の裏とはその事ぞ、よく心得て下さりて取違ひいたすでないぞ。手のひら返すぞ返さすぞ、此の度の岩戸開きは人民使ふて人民助けるなり、人民は神のいれものとなって働くなり、それが御用であるぞ、いつでも神かかれる様に、いつも神かかっていられるようでなくてはならんのざぞ。神の仕組 愈々となったぞ。十月十三日、ひつ九のかみ。

ふでの最高位は、天の日津久の大神です。その書記係がひつくのかみで、被書記者が岡本天明という構図のようです。十二の巻を説いて知らせるという巻は第四グループの三つの巻が含まれていると思います。ア火バの巻はア(メの)火(付く)場の巻ともとれ、天つ巻は天(の日)津(久)巻ともとれます。いずれも書記者はひつくのかみです。残りの九つの巻もひつくかみの書記ではないかと思いますので、全巻チェックしたほうがよいでしょう。安易には第四グループから第二グループまでを合計すると補巻の紫金の巻もありますが合計すると十二巻になります。これを示している場合もあるかもしれません。ただし、五葉の巻は書記者不明とかあめのひつくかみがダイレクトで書記者になっている巻もあるようです。検討必須です。2024/01/02