3歳の頃、家の裏を走る鉄道で遊んでいたところ、2時間に一本の蒸気機関車が運悪くやってきた。
たまたま一人だけ線路上に取り残されていた私はおそらく汽笛が聞こえていてもどうすることもできなかった。案の定機転の効いた運転機関士が列車のブレーキを踏み続けた。そして立ちすくむ私の十数メートル手前で列車を停止することに成功した。私はそのまま先頭の機関車に乗せられ到着駅に運ばれた。駅では連絡を受けたパトカーが駆けつけ、それに乗せられ迷子の捜索が始まった。手当たり次第にパトカーの拡声器で迷子放送が繰り返された。当時私の髪の毛にはピン止めがされていたらしく女子として扱われたらしい。
「3歳くらいの女の子が迷子になっています。心当たりの方がいましたらお申し出ください。」
このようなフレーズでパトカーの拡声器から叫ばれていたらしいです。
この捜索によって、親から行方不明の一報を聞いていた親戚がもしやとひらめきパトカーに声をかけた。
そしてついに親元に帰ることになったのです。
現在のその男子の運命は、月日は流れ52年経つことになりました。